あまり食べてないのに太るのはなぜ?数字では測れない“生命としての食”を考える

ココロとカラダ学

戦後よりも食べる量は減っているのに、肥満率は上昇している。カロリーでも運動でも説明できないこの矛盾は、現代人の「速すぎる暮らし」と「心と体のずれ」に原因があるのかもしれません。最新の栄養データとウェルビーイングの視点から、“食べること”の本質を問い直す。

食べる量が減っているのに太る─現代の矛盾

いま、日本の食卓では奇妙な現象が起きています。日本人全体の平均として、昔よりも食べる量は減っているのに、肥満率や生活習慣病は増えています。

「食べすぎ」「運動不足」といった単純な理由だけでは説明できないほど、体の中で起こっていることと、社会のリズムとの間に大きなズレが生まれています。データとしては今の日本人は終戦直後の食糧難の頃くらいしか食べていないのに、肥満率は右肩あがり。ものすごい矛盾であり、注目すべきことだと思います。

この“ズレ”という現象が食事以外にもあらゆる場面で起きています。ウェルビーイングを考えるうえでズレの原因を見抜いていくことはとても大切だと思います。

終戦直後の食糧難時代に匹敵する、現代人のカロリー摂取量

これらのデータは国民健康・栄養調査をもとにまとめたものです。

①摂取カロリー

1946年から2023年までの日本人一人あたりの平均カロリー摂取量の推移を示す折れ線グラフ。戦後の1946年は約1900kcalで、1970年に約2540kcalのピークを迎え、その後は徐々に減少し、2023年には約1900kcal前後まで低下している。背景には縦横の方眼線と縦軸の数値(kcal単位)が描かれている。



まず、こちらの表は日本人の平均総摂取カロリーです。つまり、日本人がどれくらいのエネルギーを食べているかを端的に表しています。戦後直後の日本では、1日あたりの摂取カロリーは約1,900kcalと栄養不足の状態でした。その後、経済成長とともに食料供給が安定し、1970年代には約2,500kcalまで上昇。米や肉、油脂を中心に“エネルギー豊富な食事”へと変化しました。

しかし1980年代をピークにカロリー摂取は減少傾向に入り、現在では再び1,900kcal前後と戦後並みの水準に戻っています。食べる量が減った背景には、外食・加工食品の普及や少食化、高齢化があり、量よりも効率や手軽さが重視されるようになりました。

②炭水化物

1945年から2010年までの日本人1日あたり炭水化物摂取量の推移を示す折れ線グラフ。戦後直後は約420gで始まり、1960年に480gのピークを迎えた後、徐々に減少して2010年には約380gとなっている。背景には方眼線、西暦の年号、縦軸にはg単位の数値が表示されている。

戦後から1960年代にかけて、日本人の食事は米を中心とした“炭水化物主食型”でした。1日あたりの摂取量は480g前後に達し、総エネルギーの約7割を炭水化物が占めていました。

しかし1970年代以降、パンや麺類などの小麦食品が増える一方で、米の消費量は減少。1980〜90年代には全体の炭水化物摂取量も減り始め、2000年代には400gを下回ります。

現在では1日あたり380gほどで推移し、戦後の水準を大きく下回っています。食の多様化によって脂質やたんぱく質が増えた結果、炭水化物の割合は減少傾向。少食やダイエット志向も影響し、“量よりバランス”を意識する時代へと移行しました。

③たんぱく質と脂質

戦後直後の日本では、たんぱく質・脂質ともに極端に不足しており、1日あたりの摂取量は50g・30g程度でした。経済成長とともに肉や油の摂取が増え、1970〜80年代にはたんぱく質60〜70g、脂質60g前後と大きく上昇します。

この頃から食生活は欧米化し、動物性食品中心へと移行しました。1990年代には脂質がカロリー全体の約30%を占めるまでに増加し、生活習慣病のリスクも指摘されるようになります。

2000年代以降は健康志向の高まりから、脂質摂取はやや減少傾向。魚や植物油など“良質な脂質”が選ばれるようになり、たんぱく質もほぼ横ばいで安定。

④肥満率

それにもかかわらず、肥満率は1970年代のおよそ10%前後から、2020年には男性で約33%、女性で約22%にまで上昇しています。この数字の組み合わせは、「食べる量が減っているのに太っている」という現代特有の歪んだ現象をはっきりと示しています。

誰にも明確な答えがない問題/数字で測れない生命の体

なぜこのような現象が起きているのでしょうか。様々な分析や考察があるとは思いますが、明確な答えを持っている人はあまりいないのではないでしょうか。

この現象を考えることは大切ですが、まず認識すべきは僕たちの感覚には“ずれ”があるということ。“食べる量が減れば太らない”という当たり前すぎる感覚が、ずれているかもしれないということです。

確かなことは“僕たちの体は機械じゃない”ということ。

分かりやすい数字で測れるほど、生物の体は機械的ではない。カロリー摂取量が減って肥満率が増えるという真逆の関係が、それが物語っています。

いのちの仕組みを見直そう

食べる量が減っているのに、なぜ太るのか。

数字の上では説明がつかないこの矛盾は、もしかしたら僕たちの「生き方」そのものが変わってしまったというサインかもしれません。

かつて、人が食べることは“いのちをつなぐ儀式”でした。家族と囲む食卓、炊き立てのごはんの湯気、ゆっくり噛む時間。それらは、体だけでなく心までも満たしていた。

けれど今は、食べることがどこか“作業”のようになっている。レンジで温め、スクロールしながら口に運ぶ。

味わうよりも、「効率よく取り込むこと」が目的になった。
心は常に未来や情報の中にいて、体はここに置き去りにされている。

この“速度のずれ”が、まさに現代の不調の根にある気がします。
体の代謝のリズム、心の感情のリズム、社会の時間のリズム。その三つがバラバラの方向に進みはじめたとき、僕たちのいのちのリズムは静かに崩れ始めます。

〇食物繊維など“質”の低下 → 代謝や腸内環境に影響
〇超加工食品・脂質の質/量の変化 → 蓄積されやすいエネルギー回路の変化
〇食の「速さ」や「構造(噛まない・手軽)」の変化 → 血糖・満腹感リズムの乱れ

つまり、量を減らすだけでは肥満リスクは下がらず、「食材の質」「食のリズム」「加工度」が鍵になっているというのがポイントです。

これは、栄養学の話にとどまりません。

カロリーを減らせば痩せる、運動すれば健康になる。
でも、人間はそんなに単純な存在じゃない。代謝も感情も、呼吸も、すべてが“リズム”をもった生命体として動いている。

食べるという行為は、体の中で時間をかけて起こるプロセス。

咀嚼、消化、吸収、排泄。どれも「間」を必要とする。食物繊維が胃腸の中で“とろとろ”になって時間を延ばすように、生命は“ゆっくり”によって保たれているんです。

けれど今、社会も心も速すぎる。

焦り、ストレス、スマホの情報の洪水。
“心の速さ”が体のリズムを追い越してしまっている。交感神経は常に働き、代謝も、食欲も、感情も乱れる。つまり現代の肥満や疲労は、「生理的な現象」ではなく「時代的な症状」なんです。

だから必要なのは、“時間を取り戻すこと”だけではありません。心と体の速度を、もう一度一致させること。

ゆっくり食べること、ゆっくり感じること。

食育ダイエットは、単なる痩せるためのノウハウなどではなく、“存在を整えるデザイン”。そこにこそ、生命としての知恵が息づいています。