生ごみを資源に変える、循環のはじまり
台所で出た生ごみを、ビニール袋に入れて捨てる。
それは、あまりにも当たり前の習慣になっています。
でももし、その中身が“いのちのかけら”だったとしたら?
ほんの数日前まで畑で育っていた野菜たち。土に触れ、太陽を浴び、雨に濡れながら生きていた存在です。
僕たちはそれを食べ、残りを「ゴミ」として処分している。
でも、自然の世界には「ゴミ」という概念は存在しません。
すべては次のいのちを育むための“循環の素材”です。
ところが、現実の日本ではこの循環がうまく機能していません。
年々、家庭や事業から大量の食品ロスが出ており、令和3年度には年間で一人あたり約42kgもの食品が食べられずに廃棄されています。
さらに、その多くは焼却施設に運ばれ、国内では1000を超える焼却炉が稼働し、膨大なエネルギーを使って「燃やすことで片づける」仕組みが当たり前になっています。
焼却は確かに便利な処理方法ですが、その裏で「循環する力」を失わせてしまいました。
もし、ひとりひとりが暮らしの中で“分解の力”を取り戻せたらどうでしょう。
生ごみは資源へと変わり、暮らしの循環がもう一度動き出します。
それを実現する小さな方法が、コンポストです。
台所で出た生ごみを微生物の力で分解し、やがて植物を育てる堆肥へと変える。
コンポストは、家庭の中に小さな森をつくるようなものです。
捨てることから生まれる罪悪感を、育てる喜びへと変える。
それは単なるエコ活動ではなく、いのちの循環を自分の手の中で感じるデザインなのです
分解の科学/微生物の働きを知る
コンポストという言葉は、「堆肥(たいひ)」を意味します。
つまり、自然の分解力を借りて、生ごみや落ち葉などの有機物を土に還す仕組みのことです。
僕たちの暮らしから出る生ごみは、放っておけば悪臭を放ち、害虫を呼び寄せる“厄介者”と思われがちです。
けれど、それらはもともと自然の恵みから生まれた“いのちのかけら”です。
微生物の働きを借りることで、それらを再び土や肥料に変え、野菜や花を育てる資源として循環させることができます。
「コンポスト」と聞くと、稲わらや牛ふんを山のように積んで高温で一気に発酵させる、本格的な堆肥づくりを思い浮かべる人も多いかもしれません。
確かにそれは農業や大規模な循環の中で重要な方法です。
でも、私たちの日常で必要なのは、もっと小さく、ゆるやかな発酵です。
家庭のコンポストは、毎日の生ごみを少しずつ入れていくもの。
高温で一気に発酵させるのではなく、時間をかけて“微発酵”が進んでいきます。
その様子は、まるで山の落ち葉が少しずつ分解されていくよう。
雨上がりの森で、落ち葉の間からほんのり湯気が立ちのぼる。あの瞬間と同じように、微生物たちが静かに働きながら、いのちの循環を進めています。

この穏やかな発酵は、家庭でもベランダでも起こせるものです。
台所で出た野菜くずや果物の皮をコンポストに入れると、見えない微生物たちがゆっくりと分解を始め、やがて土のような堆肥へと変えていきます。
できあがった堆肥は、再びプランターや庭の土へと戻り、新しい命を育てる。
つまり、「捨てる」から「育てる」へと、暮らしの流れをデザインし直す仕組みなのです。
都会のマンションでも、キッチンの片隅でこの小さな循環をつくることができます。
それは環境のためだけでなく、人が自然と再びつながるための入り口です。
分解のプロセスを見守ることは、自然のリズムに耳を澄ませること。
日々の暮らしの中に、“森と同じ時間”を取り戻すことでもあります。
密閉型と開放型――暮らしに合わせた発酵のデザイン
コンポストには、大きく分けて「密閉型」と「開放型」の2つのタイプがあります。
密閉型コンポスト(嫌気・半嫌気型)


密閉型のコンポストは、キッチンの一角で始められる一番身近な方法です。
空気を遮断した容器に、食べ残しや野菜の皮、コーヒーかすなどを少しずつ入れていきます。
ここでは酸素の少ない環境を好む微生物が働き、ゆっくりと発酵が進みます。
この段階で生まれるものを「ぼかし」と呼びます。
いわば“半熟堆肥”のようなもので、完全に分解されてはいませんが、発酵の力を内に秘めています。
密閉型はにおいが外に漏れにくく、虫もつきにくいので、都市部の暮らしにも向いています。
分解を進めるためには、市販の微生物入りの菌床(発酵促進剤)を一緒に使うのが一般的です。
これを生ごみの層ごとに軽くふりかけることで、微生物の働きが安定し、発酵がスムーズに進みます。
初めての方は、ホームセンターや通販などで販売されている専用の密閉式バケツを使うのがおすすめです。
底に排水用の蛇口が付いており、内部で発生した発酵液(液肥)を抜き取ることができます。
この発酵液は、薄めて植物の根元にまくと天然の液体肥料として利用できます。
また、濃いまま排水溝に流せば、配管やシンクのぬめり取り・消臭効果もあります。
生ごみから生まれた副産物が、再び暮らしの中で役立つ。
そんな小さな循環が、コンポストの魅力のひとつです。
ただし、この「ぼかし」はまだ完熟していないため、そのまま土づくりに使うことはできません。
後に説明する開放型コンポストで完全発酵(分解)させるか、開放型がない場合はプランターなどで土に埋め、自然に完熟させることで、安全で使いやすい堆肥になります。
【分解できるもの】
※菌床(発酵促進剤)を使用する前提
植物性中心(基本)
野菜や果物の皮・芯・ヘタ
ごはん・パン・麺類などの炭水化物
コーヒーかす、茶がら
少量の卵殻(粉砕して入れる)
調理済みの食品(少量であればOK)
動物性(条件付き)
少量の魚の骨・皮・刺身くずなど
鶏肉・豚肉などの小片(少量)
チーズ・乳製品(少量)
→ 菌床がしっかりしていれば分解は進むが、多すぎると発酵が崩れる/臭いが出やすいため注意。
油分(条件付き)
サラダ油や炒め油がついた調理くず程度はOK
→ ただし「揚げ物の残り油」など液体油は入れない。
【入れないほうがいいもの】
スープ・汁気の多いもの(過湿で腐敗)
大量の肉・魚・乳製品(臭い・虫)
大きな骨や貝殻(分解しない)
プラスチック・金属・ガラスなどの無機物
強い酸やアルカリ(洗剤・レモン大量など)
【ポイント】
・密閉式は「ほぼ何でも入れられる」が、「何でも入れるべきではない」。
・家庭では“植物性主体+少量の動物性”くらいがバランスよく、発酵が安定する。
・発酵液を定期的に抜いて水分をコントロールするのが成功のコツ。
詳しい使い方はこちらをご覧ください↓
開放型コンポスト(好気型)

開放型のコンポストは、庭やベランダ、家庭菜園の近くに設置するのがおすすめです。
ここでは空気をたっぷり取り込み、好気性の微生物たちが活発に働きます。
生ごみだけでなく、落ち葉や雑草、剪定した枝などの乾いた有機物も一緒に入れることで、バランスよく分解が進みます。
構造はとてもシンプルで、四角い箱と蓋があればコンポストはつくれます。
大切なのは、水分量を調整できること。
水分が多すぎると空気が足りなくなり、嫌気性の状態に傾いて悪臭を放つ原因になります。

庭に設置する場合は、底から水が抜けるようにして、蓋をつけるのが理想です。
余分な水分を逃がしながら、雨の侵入を防ぐ構造にすると、内部の環境が安定します。
一方、ベランダで使う場合は、底付きの箱にして雨を防ぐ蓋をつけるのがおすすめです。
底に穴があると、しみ出した液がにおいの原因になることがあります。

最近は「ダンボールコンポスト」という方法もよく紹介されていますが、個人的にはおすすめしません。
湿気や雨に弱く、長期間使うと底が抜けたり、虫が湧いたりしてしまうリスクが高いためです。
まずはしっかりした容器を使って、安心して続けられる環境を整えましょう。
開放型では、定期的にかき混ぜて空気を入れることが重要です。
これは、まるでぬか床を混ぜるような作業。
内部の酸素バランスを保ち、発酵と分解を安定させることで、においを抑え、微生物の活動を活発にします。
【分解できるもの】
植物性素材が基本。空気と乾きのバランスが命。
野菜や果物の皮・芯
乾いた落ち葉・刈草・雑草
枯れ枝や剪定くず(細かくして混ぜる)
新聞紙・段ボール(細かくちぎって炭素源に)
木くず・おがくず・米ぬか(乾燥調整に)
家庭菜園で出た残渣(根・茎・葉など)
密閉型で作ったぼかし(発酵済み生ごみ)
【入れないほうがいいもの】
肉・魚・乳製品(臭い・虫・カビの原因)
調理済みの食品(油分や塩分が多く、分解阻害)
生卵や卵の殻(腐敗・悪臭リスク)
プラスチック・ガラス・金属などの無機物
種(発芽リスク)、雑草の根(再生リスク)
【ポイント】
・「植物性100%+ぼかし」で運用するのが理想的。
・水分が多いと嫌気状態になるため、乾いた素材(炭素源)を必ず混ぜる。
・週に一度はかき混ぜて酸素を供給する。
・“ぬか床のように手を入れて混ぜる”感覚が発酵を安定させる。
家庭循環のデザイン/ぼかしから完熟へ
どんなコンポストを使うかは、住んでいる環境やライフスタイルによって変わります。
アパートの一人暮らし、ベランダ付きのマンション、家庭菜園のある一軒家。
それぞれに合った方法を選び、無理なく続けられる循環をつくることが大切です。
たとえば、庭があって開放型コンポストを置いている家庭でも、毎日そこへ生ごみを運ぶのは大変です。
だからこそ、キッチンでは密閉型を使い、外では開放型を使う。この二段構えが理想的です。
①まず、キッチンの密閉型で「ぼかし」をつくる

まず、キッチンの密閉型コンポストに食べ残しや野菜の皮を少しずつ入れていきます。
ここで生まれる「ぼかし」は、まだ半分だけ分解された“発酵途中の素材”。
いわば発酵のエネルギーを蓄えた中間素材です。
生ごみをしばらく密閉して発酵させることで、においも抑えられ、次のステップの準備が整います。
②外の開放型で「完熟堆肥」に仕上げる

発酵が進んだぼかしは、定期的に外の開放型コンポストへ移します。
そこでは空気と触れ合い、好気性の微生物が働き出します。
庭で出た落ち葉や雑草、家庭菜園で出た野菜くずなども一緒に混ぜると、バランスのとれた堆肥になります。
ぼかしは、それ自体が発酵促進剤(スターター)として働くため、分解が早く、失敗しにくいのが特徴です。
数週間から数か月で、手のひらに乗せるとふんわりとした、土のような完熟堆肥ができあがります。



