森が自律的に育つ理由/仕組みを真似して野菜を育てる

自然デザイン学

森はなぜ、肥料をもらわなくても育つのか

誰も肥料をまいていないのに、森の木々は何十年も育ち続けています。
その秘密は、土の中で静かに働く小さな生きものたちにあります。


落ち葉や枯れた草は分解され、黒くてやわらかい「腐植(ふしょく)」になります。
その腐植をエサにして、微生物たちが活発に動きはじめます。
その中には「アゾトバクター」と呼ばれる小さな菌がいて、空気中のチッソを植物が使える栄養の形に変えてくれます。

森の土は、そんな見えない生命の営みの積み重ねによって、肥料を与えなくても豊かさを保っているのです。

アゾトバクターってどんな菌?

アゾトバクターは、空気中のチッソを取り込んで、植物の栄養となるアンモニアを生み出す「チッソ固定菌(きん)」の仲間です。
マメ科植物と根粒菌のように、特定の植物と共に生きるタイプではなく、土の中で自由に生きる菌です。


普通、チッソ固定という反応は酸素があると止まってしまいます。
酸素はチッソ固定を担う酵素(ニトロゲナーゼ)を壊してしまうからです。

たとえば根粒菌は、マメ科植物と協力してこの問題を解決しています。
根の先にできる小さな“つぶつぶの部屋(根粒)”の中は空気がほとんど入らず、
その密閉された空間の中で、根粒菌は安全にチッソ固定を行い、植物に栄養を届けているのです。

でも、アゾトバクターは違います。
この菌は、酸素のある世界で、呼吸をしながらチッソを取り込むことができる。
本来、酸素を消費して生命を維持しながら、同時にチッソを取り込むことはできません。
それは、自然界では“両立しない”はずの働きだからです。

けれどアゾトバクターは、その矛盾を生きる知恵で乗り越えています。
まるで、強い風の中でロウソクの炎を消さずに守り続けるように、
自らの呼吸で酸素を使いながら、酵素を守り、静かに仕事を続けているのです。

酸素を使って生きながら、同時に酸素を恐れずチッソを取り込む。
それはまさに、自然が生み出した小さな奇跡といえます。

アゾトバクターが働きやすい土とは

この菌が元気に動けるかどうかは、土の環境しだいです。
ポイントは3つあります。


① 有機物が多いこと
アゾトバクターは、落ち葉や堆肥、草の根などの「有機物」をエサにしています。
有機物が多いほど菌の活動が盛んになり、土の中のチッソがゆっくりと増えていきます。

② 通気性があること
アゾトバクターは酸素を使って生きる菌です。
だから「通気性のよい土」が大切ですが、それは人が空気を入れるという意味ではありません。
通気性とは、生命の活動が生み出す呼吸の道なのです。

落ち葉や根のかけらが分解されるとき、微生物が粘りのある物質を出して、土の粒をつなぎます。
それが「団粒構造」と呼ばれるもので、小さな空気の通り道をつくります。
つまり、ふかふかの土は微生物たちが働いた証拠。

健康な土を掘ると、ふかふかで柔らかく、まるでスポンジのように空気を含んでいます。これが「団粒構造」と呼ばれるもので、微生物がつくり出す奇跡の造形です。

土の粒子は、微生物が分泌する粘り気のある物質やミミズの糞、植物の根の分泌物などによって、ゆるやかに結びついています。そうしてできた小さな塊(団粒)のあいだには、無数の隙間が生まれます。その隙間が空気の道となり、水の通り道となり、根を呼吸させる空間になります。


団粒構造を持つ土では、雨が降っても水はすぐに染み込み、余分な水分は下へ抜けていきます。そして乾くときには、空気がやさしく入り込みます。この自然なリズムこそが、命を育てる呼吸の仕組みなのです。

逆に、耕しすぎたり、化学肥料に頼りすぎると、微生物の数が減り、この団粒が壊れてしまいます。
そうなると空気も水も流れにくくなり、アゾトバクターのような菌は息苦しくなってしまうのです。

土の通気性をよくするというのは、微生物にエサ(有機物)と時間を与え、
彼ら自身に“土を育ててもらう”ということ。
これが、自然の呼吸を取り戻すいちばん確かな方法です。

③ pHが中性に近いこと
アゾトバクターは、pH6.5〜7.5くらいの“中性に近い土”をいちばん好みます。
酸性が強い土では、この菌の数が減り、活動も弱くなってしまいます。

日本の土は、雨が多く、チッソやカルシウムなどのミネラルが流れやすいため、放っておくと酸性に傾きやすい性質があります。
だから畑では、酸性をやわらげるために「苦土石灰」などを少しずつ混ぜることがあります。

でも実は、有機物を増やすことも、土の酸性をやわらげる手助けになります。
落ち葉や草、堆肥などが分解されるとき、土の中でさまざまなミネラルが生まれ、微生物の働きで“酸っぱさ”がやわらいでいくのです。

つまり、有機物の多い土は「やわらかく呼吸する土」でもあり、酸性がゆるやかに中性に近づく“クッション”のような働きを持っています。
もちろん、すぐにpHが上がるわけではありませんが、時間をかけて少しずつ、自然の力で整っていきます。

家庭菜園でできる工夫

森のように何十年も待つ必要はありません。
家庭菜園でも、少しの工夫でアゾトバクターが住みやすい環境をつくることができます。

・落ち葉や刈り草を細かくして、土の上にマルチとして敷く。
・完熟した堆肥を少しずつ混ぜる(未熟な堆肥は酸欠の原因になる)。
・酸性が強い土には、木灰や苦土石灰を少し加える。
・マメ科植物(クローバーやレンゲ)を一緒に育て、刈り取ったらそのまま敷く。

これらを続けると、土の中の有機物が少しずつ増え、アゾトバクターが活動しやすくなります。
肥料を“足す”のではなく、微生物が働ける土を育てる。
それが、自然の循環を取り戻す一番やさしい方法です。


・アゾトバクターは、空気中のチッソを肥料の形に変える菌。
・落ち葉や堆肥などの有機物が多い土でよく働く。
・通気性は団粒構造によって生まれ、生命の活動の証。
・有機物が酸性をやわらげ、少しずつ中性へ導く。
・pHは6.5〜7.5が理想。
・マメ科植物や落ち葉マルチで、自然の“ゆっくりした肥料循環”をつくろう。

森の豊かさは、誰かが与えた肥料ではなく、
いのちがいのちを支え合う小さな営みの積み重ね。
アゾトバクターは、その静かな循環の語り部なのです。